看護の日によせて

今年も看護の日を迎えましたね。
5月12日は近代看護の礎を作ったフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなみ、看護の日としています。看護の日を含む日曜から土曜までの一週間を「看護週間」として、みなさんに看護や看護職への理解して、身近に感じていただこうというものです。

私たち、看護学校が看護にまつわることを発信するとしたらどんなことだろう。悩んでいたら看護の日は過ぎてしまいました。でもまだ看護週間でもあるので滑り込みセーフですね。私たちが発信するとしたら、看護の世界に進もうと思っている方の背中を押すことなのかなぁという答えにいきつきました。そして、看護職という仕事について身近に感じていただけたらと思います。
講義や演習風景



はじめて自分の聴診器を手にしたときは、やっぱり嬉しかったみたいですよ。最近はカラーバリエーションも豊富。「私も色で個性を出したかったわ」と先生がカラバリが少なかった学生時代を思い返していました。



これは、小児看護の分野。小さなお子さんの不安を取り除いて治療に迎えるよう心の面も看護します。


新生児の沐浴指導演習。

演習で使用する赤ちゃんのモデル人形は、首がすわってない感じや、抱くと意外とずしっとくる感じまで本物の質感によせています。


血管の名称・場所を自分の腕に直接書き込んで勉強していました。参考書より分かりやすいかもと思って、とのこと。試験の結果、うまくいってたらいいな。

ボディメカニクスという理論(技術・方法)を用いれば体格差がある患者さんも一人で移動させられるらしいですよ。すごい!

脈拍・血圧測定の演習。機械の血圧計より、人の手で測った方が正確なんだとか(機械やその時の状況によるので絶対とは言い切れませんが)

本物そっくりの演習用の血液を使用します。私には本物と区別がつきません。



注射の演習。看護学生って感じがしますね。学生たちも注射の演習は気合が違うとか。




患者さんの髪の毛も洗います。なんなら全身を拭いたり洗ったり。注射や血圧測定、手当などは看護のイメージが強いですが、こうした患者さんの身の周りのお世話も大切な看護のしごと。




精神科看護のレクリエーションの演習。患者さんの心を癒し、楽しみながらチャレンジをうながします。
看護の仕事道具










医療や看護のドラマで見る道具や、説明がないと何に使うか分からないものも。遠い世界の話だったものを手に、学生たちは資格取得のために頑張っています。
先生

看護学校の先生は、みんな看護師だったり、助産師だったり保健師だったりします。「え!?先生って看護師なんですか?」と年度途中で気づく学生もたまにいたりします。






最近では式典以外でナースキャップをかぶることがないので、記念撮影していました。現役時代にナースキャップが「あった・ない」で話が弾むのは看護教員あるあるみたいです。



先生は看護学生にとって、時にお母さんであったり、お姉さんであったり、友人のようだったりする。
看護学校の日常





慣れてくると演習中も余裕が出てきます。



スーツのしつけ糸をとってもらう学生。やっぱり先生はお母さん的存在。





















大雪の放課後、駐輪場で雪だるまを作っていました。










まとめ

以前、たまたま聴いていたラジオの相談コーナーで「社会人だけど、看護の資格を取ろうと思う。社会人がいまさら看護学校なんて学校で浮いてしまうかも、周囲の理解が得られない」というリスナーからの悩みが紹介されていました。ラジオDJの方や他のリスナーの方から励ましの言葉や実体験で答えるような形で、その方の悩み相談は終わりました。

もう5年以上前の話なので、その方が看護学校に入学したのか別の仕事をしているのか知る由はありません。ただ、届くべき人のもとに看護学校のことがまったく届いていない状況に、情報発信が足りていないんだなぁと痛感したできごとでした。

この記事内の看護学生の写真を見ていただくと、一般的に想像する「看護学生のイメージ」よりも年齢層が幅広いことに気づくと思います。在校生の半数以上は社会人です。様々な仕事、経験、家庭環境を経て看護学校に来てくれた方々です。
看護学校へ進学する理由は受験生の数だけあっていいし、看護の力で自分に自信を持って欲しいと考えています。私たちは看護業界を目指す方を支え、ともに歩んでいける存在でありたいと思っています。
届くべき人のもとに、頑張っている看護学生の姿が届くことを願って。
